春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「―――まさか、維月さんが記憶喪失になるとは…」
衝動的にあの場から逃げ出してしまった私を、三人は追いかけてきてくれた。
オレンジ色に染まる空の下、病院の中庭にあるベンチで、呼吸を落ち着かせている私を囲むように立っている三人は揃って険しい表情をしている。
「柚羽チャン、やっと声も記憶も取り戻したのにね」
「あんまりだわ」
記憶喪失。それも、部分的なもの。
維月の中から、私という存在が消えてしまったのだ。
「…仕方ないよ。もう起きてしまったことなんだから」
ため息とともに胸の内で詰まっていた言葉を吐き出せば、りとが訝しげな顔をした。
「仕方ない?じゃあアンタが声と記憶を喪ったのも、事故に遭ったのも、こんなことになってるのも全部仕方がないことなの?」
「璃叶」
早口で捲し立てるように言い始めたりとを、諏訪くんの一声が止めた。
りとは気まずそうに視線を外すと、「ごめん」と呟く。
「ううん、私の方こそごめん…」
仕方ないという言葉で片付けようとしたのが嫌だったのだろう。でも、仕方ないとしか言いようがないのだ。
願ったって、何も変わりはしない。これからどうするかが問題なんだから。