春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「…同じ、か」
「え?」
無意識にぽつりとこぼしていた言葉に二人が反応を示した。
「少し前の維月と同じだなって思ったの」
今の私は、ついこの間までの維月と同じだ。恋人が自分に関する記憶を失い、これからどうするべきかと思案に暮れる。
維月は“忘れたいから忘れたいのかもしれない”と思い、あのまま別れようとしたのだろう。でも、敵対関係にある崇瀬組と姉が私に近づいてきたことを知って、再び私の前に現れた。
私を、守るために。
「…どうしたらいいんだろう」
諏訪くんと聡美が売店に行ったのを横目で見送り、私はりとにそう問いかけた。
りとはネイビー色のマフラーを巻きなおすと、徐にため息を吐く。
白い吐息が、さっと空気に溶け消えた。
「そんなの決まってるでしょ。これを機に維月さんから離れるべきだ」
「離れる?私と維月が?」
「そう」
何を言っているんだ、りとは。
ようやく会えたのに、サヨナラをしろと言うのか。
反論しようと口を開こうとした瞬間、りとの冷たい手のひらで口をふさがれた。
「――アンタが傷つくだけだよ」
見たこともないくらい冷たい目をしたりとが、私を真っすぐに射抜く。
今にも雪を連れてきそうな風が、胸元まである髪を後ろへ引くように何度も揺らす。
なんだか、風が私をこの場所から追い出そうとしているみたいだ。