春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「(神苑の、総長……)」


「聞こえねえよ」


男は私の声なき声を嘲笑うと、私を奥へ突き飛ばした。

鈍い痛みに顔を顰めれば、二人は冷笑を浮かべていた。


「古織柚羽。お前は俺の女を傷つけた。その礼をたっぷりとしてやるから、心しておけ」


「(礼ってっ…)」


あれは不慮の事故なのに。

意図的に起こしたことでもないのに。

私が避けてしまったから紗羅さんは怪我をしてしまった。でも、避けていなかったら私が怪我をしていた。

自分さえよければいい、という愚かな考えが生み出してしまったのかもしれないけれど、私の謝罪に聞く耳を持たなかったのは貴方だ。

私が全て悪いわけではないのに。


「私はあなたを絶対に許さないんだから。ね?夏樹」


「ああ、そうだな」


楽しそうに笑う紗羅さんと、彼女に微笑み返す神苑の総長。

反論したいのに、恐怖のあまりに体が動かない。


「―――お前ら。この女、好きにしていいぞ」


ああ、でも。

動いたとしても、私は声が出ないんだった。

声が出ないのだから、何も出来やしない。
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