春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「…君と俺は、恋人だった?」


「…え」


一瞬で頭の中が真っ白になった。

維月のことだから、勘だとか何となくだとか言うのだろうけれど、今の言葉は私の心の曇りを晴らすには十分だ。

硬直した私を見て、維月は小さく笑った。


「冗談のつもりだったんだけどな。当たり?」


やっぱり、冗談だったんだ。真剣な顔つきで言ってきたから、そうは見えなかったよ、馬鹿。


「…はい」


私は頷いた。
静かな空間に、維月が手に持っていた小説を置く音が響いた。それと同時に、衣擦れの音も。

トン、と肩に柔い温度を持つ重みが乗った。

顔を上げれば、優しく目を細めている維月と視線が交わる。


「ねぇ、連れて行ってくれない?」


「何処へですか?」


そう問えば、私が好きでしょうがない君は柔らかに微笑んだ。

その微笑みを見た瞬間、私の心臓はまた煩く鳴り始める。

だって、その笑顔は私がよく知る維月なんだもの。

維月は私の腕の中にある花束から白い花を一輪抜くと、口元へと運んだ。


「…君と一緒に行った場所に。君の思い出に残っている、俺と過ごした場所に」
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