春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
高校一年生の春に維月と出逢ってから、離れ離れになってしまった冬の間まで、ふたりで行った場所はたくさんある。

遅咲の桜が満開に開花する桜並木道、菜の花畑、大輪の花を咲かせる夏の風物詩で有名な臨海公園。秋桜が揺れる川沿いの道、紅葉が彩る古都、美しい夜景を見渡せる宿。

そのどれもがこの地から遥かに離れている場所なうえ、思い立っただけですぐに行くことは容易でない。

私はしばらく考え込んだ後、ここからそう遠くないところにある場所を思い出し、彼の了承を取って連れ出した。

隣町――この街に引っ越してくる前まで住んでいた町にある、思い出の地の一つへ。


「――…綺麗だね」


到着早々、彼は私の予想通りの場所に行き、感嘆の息を漏らした。


「そうでしょう?ここは私のお気に入りの場所だったんです。なのに、いつの間にか、入り浸ってる人が居て…」


沈む夕日から漏れる光が、彼の瞳の色と同じで。

光に照らされている横顔があの頃の維月と何一つ変わっていなくて、声を上げて泣きたくなった。
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