春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
弱点、に。

それって、何?

なってほしくないって、どういう意味なの?


「…え」


それよりも、今。

今、あなたは。

私の名前を、口に。


「―――若、御捜ししました」


ふたりだけしかいない世界を、男の人特有の低い声が切り裂く。

もう終わりだと言うかのように。


「遅かったね」


維月がそう言うと、スーツを身に纏う男が次々と屋上に現れた。その半分以上がスキンヘッドやサングラスをしていて、極道のドラマを思い出させる。


(あれ…、そういえば、維月は…)


維月は名前以外何も教えてくれなかった、私の恋人で。

事故の後は、元恋人として私の前に現れて…。


「申し訳ございません。崇瀬組の連中を巻くのに手間取ってしまい…」


今は、若頭…?

いつからそれに?

私と出逢う前から?

それとも、事故の後?

それよりも、昔のように私の名前を呼んでいたのはどうして?


「分かっているよ、昂」


目の前で何が起きているのか理解しきれなくて、吐きそうになった。

維月は自分のことを“若”と呼んだ男たちに一言二言何かを言うと、コートのポケットに両手を突っ込み、真っすぐに私を見据えた。
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