春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「ごめんね、柚羽」


冷たい風に、維月の髪とマフラーがふわりと宙に靡く。

維月は何も言わずに、動揺を隠せない私を見つめていた。


「…なに、が…?私のこと、ぜんぶ忘れてしまったんじゃなかったの…?」


「…ごめん」


「何がごめんなのっ…!?」


声を荒げた私は、目を逸らした維月の前へと詰め寄り、黒いコートの胸元をぎゅっと掴んだ。

頭一つ分背が高い彼を、ぐしゃぐしゃになっていく視界に目一杯映した。

胸が抉れそうだ。掴まれて、引っ張られて、投げられて放置されたように痛くてしょうがない。


「忘れたんじゃなかったのっ…!?私のこと、維月の中からっ…消えてしまったんじゃなかったのっ…?」


張り裂けような心から溢れ出た言葉を声に、音にして、世界へ弾き出した。

それは空気を駆け巡って、維月の鼓膜を揺らす。

その、瞬間。

琥珀色の瞳から、透明の雫がこぼれ落ちた。


「…一瞬、一秒たりとも忘れたりなんかしていない」


絞り出すような声に、切なさと愛しさが募った。


「今この瞬間も、これからも」
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