春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
その場に膝から崩れ落ちた私は、置いて行かれた子供のように声を上げて泣きじゃくりながら、彼の名前を叫んだ。
その名を呼ぶたびに、維月の瞳から涙が溢れていたことを知らずに。
相も変わらず、自分のことばかりだということにも気づかずに。
維月がドアノブに触れた瞬間、建物の影から誰かが現れた。
目に映るもの全てが涙のせいで歪んでいて、誰なのかは分からない。
「――柚羽のこと、頼むね。馬鹿なことをしないように、見張って。全てが終わるまで、L区にも近づかせないで。絶対に」
足を止めた維月が、現れた人に強い口調でそう言った。
どうして頼むの。なぜ見張らせるの。あなたが傍に居ればいいじゃない。全てが終わるまで、共に在らせてよ。
ひとりで泣かないでよ、維月。
「わかっています」
頷いた人の声は、よく聞き知った人のものだった。
維月に頭を下げると、私の元へと歩み寄ってくる。
「すわくん……っ」
「……ごめんね、柚羽チャン」
現れた人――諏訪くんはくしゃりと顔を歪めると、右手で拳を作り、私の腹部に重い衝撃を与えた。その瞬間、全身から力が抜け、目に映る世界が真っ白になった。
ごめん、と。
消え入りそうな維月の声が、聞こえた気がした。