春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「お願い、諏訪くん、連れて行って」


「駄目だ。君をヤクザの元に連れて行けない」


「ヤクザなんて関係ない、私は維月の傍に居るっ…!」


「関係あるよっ!!」


我儘な願いを破ったのは、まるで地を這うような低い声だった。

長いまつ毛を揺らした諏訪くんは、今まで見たこともないほどに哀しい表情をしていた。


「……ごめんね、怒鳴ったりして。でも、これだけは譲れない。君が何と言おうと、維月さんの元には連れて行けないよ」


悲痛を押し隠したような声でそう告げると、静かに部屋から出て行った。


その場に残された私は声を押し殺して泣いた。

分かっているようで分かっていない自分が、分かっているつもりで分かっていなかった自分が嫌で堪らない。

優しい微笑みの裏で、何かを抱えていた維月の痛みに気づいてあげられなかった自分が恨めしくて、途方もない感情に押しつぶされそうになる。

どうして、どうして私は…。


「――…古織、何か食べて」


泣いている私の元へと、りとが果物やおかゆを乗せたお盆を持って来た。

食欲がない私は首を横に振ろうとしたのだけれど、見知らぬ男性がいきなり部屋に入ってきたことに驚いて、それどころじゃなくなった。
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