春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「…璃叶も私を見張るの？維月に頼まれた？」


体が疲れているのか、心が疲れているのか、どちらなのかは分からないが、ちょっと嫌な言い方をしてしまった。

謝らねばと思ったけれど、今の私にそんな余裕はなくて。

りとが言葉を発するのをじっと待っていた。


「…違うけど、違わない」


りとは小さく息を吐くと、軽く畳んだエプロンをカウンターの上に置き、私がいるベッドの端に腰を下ろした。

その脇には見覚えのある本が挟まれている。


「…意味が分からないよ」


りとは私の視線に気づくと、脇に挟んでいた本を私に差し出した。
やっぱり、あの本だ。

維月が好きだった、恋愛小説。

私は震える手を伸ばし、りとから本を受け取った。


「…頼まれてないけど、見張る。ごめん」


そう言って、りとはお盆を持ってキッチンへと戻って行った。

洗い物をしているのか、水が流れる音が聞こえ始めた。

私はその音をぼんやりと聞きながら、受け取った本の一ページ目を開いた。

あせびがぼくを、なきものにする。そう、心の中で何度か繰り返した。
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