春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
あの人は、この本が好きで、好きで堪らないと言っていた。

だからなのかもしれない。

何回、何十回、何百回読んだのか分からないくらいに、どこもかしこも綻んでいるのは。

この作品が世に発表されてから、まだ二年も経っていないのに。

常に共に在ったとでも言うかのように、維月が持っていた本はボロボロだった。


私はアルバムを見るような気持ちで、ゆっくりとページを捲っていった。

出逢い、惹かれあい、追いかけて、離れて、焦がれて。

告白して、別れる。

ありきたりのようで、ありきたりじゃない。幸せだったのに、幸せで終わっていない。

私はあまり好きじゃない、と言って笑ったあの頃が懐かしい。

俺は好きだよ、と言って笑っていた君が、すきだった。

そんなことを考えていたら、声にならない嗚咽が漏れて、留めていた感情が溢れ出す。

身を屈めるようにして、胸に当てた本を抱きしめた。

その、瞬間。

花びらのように、はらりひらりと本の中から何かが落ちてきた。

それは、栞だった。

どこかのページに挟まっていたのであろう、薄い桜色の栞。

私はそれを指先でつまんで、表紙に挟んでおこうとしたのだけれど――


「っ……!」


その裏面には、流れるような筆記体で、こう記されていた。
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