春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
りとは見張りの人たちが背中を向けた瞬間、繋いでいる手に力を籠めて、力強く地を蹴って駆け出した。


「なんだっ?!」


男は私たちに気付き、弾かれたように振り向いたが、瞬く間に懐に入ったりとに腹を殴られて気を失った。

その細い体のどこにそんな力が隠されていたのだろう。

暴力が嫌いだと言っていたのに、こうして振るっている。

りとは何者なの?本当にただの一般人?


「行くよ、古織。絶対にこの手を離さないで」


そう言うと、再び出口を目指して走り出した。

非常階段を駆け下り、下へ下へとひたすらに足を動かした。

途方もなく遠く感じるその道のりの途中で、私は息を切らして立ち止まってしまった。


「古織?」


走らなきゃいけないのに。

維月の元へ、行かなきゃいけないのに。


「―――やっぱり。君はあっちの人間だったか、璃叶」


黒い影が、世界を覆った。

その存在から守るように、りとが私を背に庇う。

ここを抜ければ外に出られるのに、それを阻むように現れたのは、険しい表情をしている陽向さんだった。
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