春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「……何が、起きているの…?」


嫌な予感がした。
何かが全身を這い上がっているような気がして、思わず身体が震える。

弾かれたように隣を見上げれば、りとは凛として前を見据えていた。


「…アンタは俺が守るから」


ぐっと手を引かれ、否応なしに走らされる。

マンションの外へと身を投じると、タクシーを捕まえたりとが運転手に何かを告げ、私を連れて乗り込んだ。

移り変わっていく景色を眺める余裕も、行き先を訊く勇気もなかった。

私は車のシートに身を預け、あの人の無事を祈ることしか出来なかった。

住宅街、見慣れた駅前の大通り、そしてあの繫華街を抜けた先で車は止まった。

りとは料金を払うと、再び私の手を取り走り出す。


「――行くよ」


到着先は大きな灰色の建物の前だった。それを囲むように、黒い車が数え切れないくらい止まっている。

ここは何処なのか訊こうとした瞬間、耳を劈くような音が鳴り始めた。

それは日常では決して耳にしない、ドラマや映画の世界だけで聞く、銃弾を発砲する音。

もしかしなくても、今ここで起こっているのは――
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