春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
一般人である私を巻き込むわけにはいかないというヘキルさんの思いは分かる。でも、行かないと、維月に会えない。もう二度と、逢えないの。

唇を噛んだその時、りとが私の手を強く引いた。


「ユズハっ!?」


りとは私の手を引きながら人集りを抜けると、裏口らしき場所の扉を開け、私に中へ入るよう促す。

建物内へと足を踏み入れれば、そう遠くない場所から人のうめき声や銃声が聞こえ、足が震えだした。


「…戻るなら今だよ、古織」


私は静かに首を横に振った。

今この瞬間、私は身をもって知ったのだ。

維月が生きる世界は、生きていく世界はこういう世界なのだと。

非日常が溢れている、決して明るくない場所なのだと。

維月が何一つ教えてくれなかった理由が分かった気がした。

何も知らずに、忘れたまま笑っていてほしいと言っていた気持ちが分かる気がした。


でも、それでも私は行く。あなたに逢いに行く。

窓から薄明かりが漏れるだけの暗い灰色の世界を、息を殺しながら突き進んだ。

維月という名の、光を目指して。
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