春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「忘れておりません」
「なら何故だ。あの女の子供に情が移ったのか?」
「…それをお話ししたところで、人を人として扱わないあなたには理解できないでしょう」
これで、ようやく全てが繋がった。
りとが私の傍に居たのは、殺人鬼を匿っていた崇瀬組の組長からの命令だったのだ。
紫さんがヤクザであることを知らなかったりとは、紫さんを盾に取られたからには従うしかなかったのだろう。
「……向坂、馬鹿な真似はよせ。哀れな最期を遂げた女とその子供のために、私を殺すというのか?」
男は消え入りそうな声でそう言った。
「何に代えても守りたいと思う、この想い。あなたには一生分からないのでしょうね」
紫さんはこの上ないくらいに美しい微笑を浮かべると、引き金に添えた指をゆっくりと動かした。
「そんな邪な感情は、この世界で生きる者には不要だ……」
生を絶つ冷たい音が、何度か響いた。
紫さんの手によって幕を下ろした男の瞼が、音もなく静かに閉ざされる。
全てが終わった瞬間だった。
そう思って、隣に立つ維月の顔を見上げる。
その瞬間、倒れ込んでいた崇瀬組の男の一人が、虚ろな目で銃を構えているのが視界の端に映っていて――
「危ないっ…!!!」
それにいち早く気がついた紫さんは声を上げると、りとの身体を掻き抱いた。
「紫さっ…――」