春を待つ君に、優しい嘘を贈る。

「維月…?」


隣を歩いていた維月が、急に足を止めた。

否応なしに、繋がれていた手が離される。


「ごめん、柚羽」


「ごめんって、何が?」


維月は困ったような微笑みを浮かべると、私の頬に手を添えて、白い吐息とともに言葉を紡いだ。


「やっぱり俺は、君を連れて行けない」


それは、どこかで予期していた言葉だった。

予想はしていたものの、じわりと胸に痛みが広がる。

どんなに私が願っても、泣いても、維月はそうするだろうと心のどこかで思っていたから。

だから、今度は泣かない。


「維月、私は…」


「柚羽」


維月は私の言葉を遮ると、ゆっくりと私に顔を近づけた。

そうして、羽のように柔らかなキスを、私の唇に落とす。

それは、長いようで短いものだった。


「ありがとう」


ただ、それだけ。

単純で飾り気のない言葉を口にすると、維月は私を抱きしめた。


「…私の方こそ、ありがとう。事故に遭って、転校して…神苑の人たちから、心ない言葉から私を守ってくれた人たちが居たのは、維月が諏訪くんとりとにお願いしていたからなんでしょう?」


私は目一杯笑った。
< 375 / 381 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop