春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「維月…?」
隣を歩いていた維月が、急に足を止めた。
否応なしに、繋がれていた手が離される。
「ごめん、柚羽」
「ごめんって、何が?」
維月は困ったような微笑みを浮かべると、私の頬に手を添えて、白い吐息とともに言葉を紡いだ。
「やっぱり俺は、君を連れて行けない」
それは、どこかで予期していた言葉だった。
予想はしていたものの、じわりと胸に痛みが広がる。
どんなに私が願っても、泣いても、維月はそうするだろうと心のどこかで思っていたから。
だから、今度は泣かない。
「維月、私は…」
「柚羽」
維月は私の言葉を遮ると、ゆっくりと私に顔を近づけた。
そうして、羽のように柔らかなキスを、私の唇に落とす。
それは、長いようで短いものだった。
「ありがとう」
ただ、それだけ。
単純で飾り気のない言葉を口にすると、維月は私を抱きしめた。
「…私の方こそ、ありがとう。事故に遭って、転校して…神苑の人たちから、心ない言葉から私を守ってくれた人たちが居たのは、維月が諏訪くんとりとにお願いしていたからなんでしょう?」
私は目一杯笑った。