春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
維月は静かに笑った。
「あの子は自ら望んでそうしていたのだろう。柚羽が転校してきた日から、ずっと」
自らの意思で、私の声なき声を。
ずっと、聞いてくれていた。
「柚羽」
維月は自身の首に巻かれていた純白のマフラーを取ると、私の首に巻きつけた。
それは、昨年のクリスマスに私が贈ったものだ。
「維月…」
彼が私に贈ったものは、赤いリボンが掛けられた小さな箱だった。
開ける前に事故に遭ってしまったから、中身はまだ分からない。
「行って、柚羽」
夕陽の光に縁取られる、端正な横顔。
そこに、まるで何かに傷ついているような儚い笑みが、ふわりと飾られた。
「君には陽だまりが似合う」
維月の漆黒のコートが、冷たい風ではためいた。
足元の、純白。
目の前の、漆黒。
維月が生きる世界と、私が生きていく世界。
それは決して混ざることはないのだと、突き付けられた。
「維月」
私の頬を、熱い涙が滑り落ちた。
けれど、もう。
維月は拭ってくれない。
「行って、柚羽」
私は頷いて、力強く地を蹴って走り出した。
「…倖せになって」
その姿が見えなくなった後、維月はそう呟いた。