春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「――ねぇ、古織」


「なんでしょう」


「…なんでもない」


呼びかけたくせに、何なのだろう。

そう思った私は、小さく笑っているりとを横目で睨みつけた。


「…りとの馬鹿」


そう言い捨て、感情のままに出口へと足先を向ける。

私は何しにここに戻ってきたんだっけ?

りとと話していたら、忘れてしまった。

ため息を一つ吐いて足を進めた瞬間、引き留めるように手を掴まれた。

振り向けば、いつもよりちょっとだけ真面目な顔をしているりとと視線が交わる。


「馬鹿はアンタだよ」


「…意味が分からないよ」


「それは俺の台詞。アンタはどこに行こうとしてるの?」


その言葉で押し黙った私を見て、りとは肩を落とすと、私の手を引いて歩き出した。


「ちょっと、りとっ…?」


「煩いな。黙ってついてきなよ」


「どこに行くの…!?」


そんな大きな声を出していないのに、どこが煩いのだろう。

諦めてついて行くしかないのかな。

そう思った瞬間、前を歩いていたりとが足を止めて、私の方を振り返った。


「“ANIMUS”。紫さんの許可なしに出て行くなんて、やめてよ」


そう言って、りとは気恥ずかしそうに笑うと、私の手をさらにぎゅっと握って歩き出した。



やっぱり、冬は好きだ。

だって、人の手の温かさがこの上ないほど感じられるから。


【fin】
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