春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
私は半年前に声を失った。
当時警察から指名手配をされていたある男に偶然遭遇してしまい、逃げている途中で歩道橋の階段から落ち、それが原因で声が出せなくなったらしい。
何故曖昧なのかというと、私もよく覚えていないからだ。
事故に遭い、入院し、退院したのが先月。
都心に来た理由は、声を取り戻すため。
元々住んでいた場所からはそう遠くはないのだけれど、この街には大きな大学病院があるから引っ越してきたのだ。
何か質問はある?という彼女の問いに、私はメモ帳のアプリに言葉を打ち込んでいく。
【校舎の案内をお願いしてもいいですか?】
満面の笑みで頷いてくれた彼女に微笑み、私たちは席を立った。