春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「…古織さん」

俯いた私を気遣うような声が落ちる。

私は顔を上げて、何ですか、と唇を動かした。

彼は私の名を呼んでおきながら、中々言葉を紡がなかった。ただ声を掛けただけで、話すことは決めていなかったのかもしれない。

私は忙しない風に揺れられている木々へと視線を移した。地に落ちている夏の葉を踏む音を聞きながら、大きく伸びている二つの人影を見る。

ふと彼に見られている気がして、チラリと視線を送ってみた。そうすれば、予想通り、彼は私を見ていて。

綺麗な紺色と交わった瞬間、今の今まで抱いていた、黒い靄のようなものが消えた気がした。


「…怪我がなくてよかった」


「(あ、の…)」


「何でこんなことになっているのか。どうして神苑の奴らがあんなことをしてきたのか、気になってると思うけど…」


はらりと落ちた葉が、風で宙を舞う。

刹那、互いにそれにつられたように見入ったけれど、再び視線は交差した。
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