春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「…意味が分からない」


「(…ごめんなさい。声が出ないから、上手く、伝わらないね)」


「そうじゃなくて、」


紡ごうとした続きの言葉が、都会特有の騒がしい音に掻き消される。
今、彼は何か言っただろうか?
尋ねようか迷ったけれど、やめた。

信号が赤から青へと変わる。
けれど、私たちはそこから動かなかった。


「(紗羅さんはね、私が記憶喪失だって言うの。何も憶えていないんだって、怒ってた)」


「それは…」


「(私がしたことを忘れたのか?って、言ってきたの。私のことを許さない、とも)」


「………」


私はひとり、唇を動かし続けた。

彼は聞いてくれていると願って。

声を掬い取ってくれると、信じて。


「(私って、何なのだろうね)」


言った瞬間、花びらが舞い落ちるように、一雫の涙が溢れた。頰を伝って地に落ちたそれは、アスファルトにシミにを作る。

私って、何なのだろう。
あんなに恨まれているなんて、過去の私は何をしていたのかな。どうして忘れちゃったのかな。
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