春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「ほんっとにムカつく。そうやってすぐに泣きそうな顔するのやめて。同情してもらおうとするの、やめたほうがいいよ?悪女がすることなんだからさぁ」


私に対して苛立つのは勝手だけれど、顔のことを言われるのは困る。

鏡が手元にないからどんな顔をしているのか分からないけれど、姉がそう言うのなら、私は今笑えていないのだろう。

さっき笑う練習をしたばかりなのに。
この人に揺らいでいる姿を見せてはいけないって、思っていたのに。


「(そんな顔、してない…)」


「聞こえなぁい」


俯いた私を見て、姉はクスクスと笑った。

分かってる。分かっているの。
聞こえていないこと、ちゃんと分かってる。
分かっているけれど―――


「(……っ、)」


私は姉の前となると、簡単に鎧を崩されてしまうのだ。

何故なのか理由は分からないけれど、それは失ったもののうちの一つなのだと思う。

私は溢れそうになるものを堪えながら、そう遠くない日のように、鞄を手に家を飛び出した。

ただ、姉から離れたくて仕方がなかった。
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