春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
私たちもその一人だ。
酷い目に遭っている男子生徒に対して何もしてあげられない。

いや、自分に火の粉が掛かることを恐れているから、何もしないのだ。
カワイソウ、と思っているだけの、偽善者。


「…行こう、柚羽」


聡美が私の手を掴んだ。
コクリと頷き、踵を返す。

去り際にもう一度、もう一度、男子生徒に視線を送って。

どうにも出来ない人間でごめんなさい。
神苑に怯え、何もしようとしない、何かを変えようとしない人間でごめんなさい。

そんな取り留めのない感情を、心の中で晒した。

見て見ぬフリをすることに決め、校舎内へと足先を向けたその時。
鼻を擽る甘い香りが漂った。


「…柚羽チャン」


「(っ…!)」


ふわふわと揺れる茶髪が、陽光で煌めいて金色に見える。
眩しい人だ、と思った。
それと正反対の世界で息をしていそうなイキモノの名前で呼ばれているのに、彼自身はとても眩しい。
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