春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「(諏訪くん…)」


その名を唇に乗せれば、彼はふんわりと笑った。

私の声にならない声に返してくれるのは、これで二人目だ。

諏訪くんは悲惨な光景に目を向けると、空いている手のひらを握りしめた。


「…またやってるねぇ」


柔らかな声には似合わない、般若のように険しい横顔。

彼はゆっくりとした足取りで私の横を通り過ぎると、神苑の男たちの背後で足を止めた。


「なんだよオマエ……って、死神じゃねえか」


暴行をしている男たちを眺めていた男が、背後に諏訪くんが現れたのを見て、驚きつつも鼻で笑った。

一般生徒たちは死神の来訪に驚き、そそくさと去って行く。


「君たち、暇人なんだねぇ」


「うるせえよ。死神の分際で」


諏訪くんの眼差しが、すぅっと険しくなる。

神苑の人たちは馬鹿にしたような目でへらへらと笑っていた。


「何の用だ?」


「死神のくせに、正義のヒーロー気取りか?」


諏訪くんはふっと笑うと、ポケットに突っ込んでいたもう片方の手を出した。

何をするつもりなのだろう、と思った瞬間、あろうことか、男の一人が私の足元にぶっ飛んできた。
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