春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「駅まで、遅らせて?」


甘い笑顔に、鼓動が早鐘を打ち始めた。

反射的にコクコクと頷いてしまった私は、持っていた傘を奪われ、エスコートされる形になってしまい。

忙しなく動いている心臓の音を感じながら、隣を歩き始めた諏訪くんの顔をチラリと見上げた。


いい感じにセットされている、クセのある茶髪。

弧を描く唇は、厚くも薄くもなくて、綺麗な形をしている。

上を向いている睫毛も、キラキラとしている瞳も。

神苑とか、暴走族とか、そんな人たちとは無縁の学校に居たら、女の子にすごくモテそうな容姿だ。


「…なーに?」


見られていることに気がついたのか、ぱちりと目が合う。

すぐさま目を逸らし、“なんでもないです”と唇を動かした。

諏訪くんはふうんと言って、優しく笑っていた。


それから、諏訪くんは言った通りに私を駅まで送ってくれた。

それだけでなく、私に無理矢理傘を持たせて、お礼を言う間もなく行ってしまったのだ。


明日、傘を返そう。

そう思いながら電車に乗り、最寄り駅で降りて、帰路についたのだけれど。


私はその先である人物と出逢い、傘を返せなくなる。
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