春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「(ただい、ま…)」


それから、走って家に帰った私は、肩で息をしながら鍵を閉めた。

両親は旅行に行っているため、明後日まで帰ってこない。

玄関で姉のハイヒールがないことを確認した私は、安堵の息を漏らした。


「(お風呂…)」


さっきの男の人に傘を渡してしまったため、全身はびしょ濡れだ。

素早く脱いだ制服を乾燥機にかけ、稼働スイッチを押す。


今更なことだが、私はあの人に諏訪くんから借りた傘を渡してしまったのだ。

どこにでも売っているビニール傘とはいえ、無断で人の物を渡してしまった。

明日学校で謝って、弁償しよう。

そう一人で頷いた私は、浴室へと足を向けた。


(あの人、大丈夫かな…)


暗くてどんな顔をしていたのかはよく見えなかったけれど、かなり酷い怪我をしていた気がする。

傘を渡したとはいえ、この天気、この寒さの中で、あそこで一晩過ごせるのだろうか。


私はぶくぶくと浴槽に浸かりながら、そのことばかり考えた。
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