春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
外見を見たままで言うのなら、ドラマの世界で出てきそうな人だと思った。

現実離れした容姿をしているし、近寄りがたい雰囲気を晒し出しているし。

私はゴクリと唾を飲み干し、彼の元へと足を進めた。


いざ彼を目の前にした瞬間、どうして近づこうと思ったのかが明確になった気がした。

手を、差し伸べてあげたい。ただそれだけなのだ。


「………お前…、」


手を伸ばせば触れることが出来る距離。

彼の前で膝を着いた私は、濡れている髪の毛にタオルを当てた。

正直、怖かった。
だって、この人の格好は、借金取りをするヤクザのようなんだもの。


ゴシゴシと髪を吹き終えた私は、鞄の上に置いていたおむすびを手渡した。

手渡されたそれをまじまじと見ている彼へ、音にならない言葉を送る。


「(食べて、ください)」


「……今、何て…」


聞こえない声。動くだけの唇。

困惑した表情で私を見つめる彼に、にこりと笑いかけた。


「(た、べ、て)」


そう、今度はゆっくりと唇を動かした。

伝わってないと思うけれど。
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