春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「…いや、不思議に思っていたことがあるんだが、解決した」


「(え?)」


彼は微笑を浮かべると、私の頭をポンポンと優しく叩いた。

次いで、木に手をついて、苦しそうに息を吐き出しながら立ち上がる。

顔を顰めていたのを見逃さなかった私は、よろける身体を支えようと、手を伸ばしたのだが。


「―――名前、」


「(え?)」


「お前の名は?」


伸ばした手は彼に触れる前に、熱を持った彼の手のひらに掴まれた。

生まれて初めて異性に手を握られた私は、質問の返事をするどころか、伝わってくる温度に胸を高鳴らせていて。


「聞いているのか?」


訝しげな顔で聞き返された私は、ハッと我に返った。コクコクと頷いたのち、唇を動かす。


「(古織、柚羽です)」


「もう一度言ってくれ」


「(ふるおり、ゆずは)」


真剣に私の口の動きを見ながら、言葉を拾おうとしている。

その姿を見て、泣きたくなるくらい嬉しくなった。
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