春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
雑音に混じえてよく聞こえなかったけれど、「え?」というりとの声が聞こえた気がした。
でも、りとは何も知らないような顔をしていて。
私の聞き間違いなのかもしれない。
一瞬顔色を変えていた気がしたけれど、きっと気のせいだ。
「…琥珀色の瞳、長い金髪に黒服、か。知らないね」
本当に知らなそうな言い方ではなかったけれど、何だか話したくなさそうだから、これ以上は何も言えなかった。
「(そっか)」
「…ちなみにさ、」
ふわりと黒髪が靡く。澄んだ紺色の瞳に、目を真ん丸にしている私がゆらゆらと映っていた。
「(…なあに?)」
「どこかで会ったの?その二人と」
金髪の人とは会ったが、琥珀色の瞳の人とは会っていない。ただ夢に現れるだけだ。
ありのままを話してよいのだろうか?
「(えっと…、)」
夢の人は現実味がないから駄目だ。
では、もう一人の人のことを話す?
あの大雨の夜の日、複数の男から暴行をされ、怪我をしていた男性のことを。
見た目は怪しいけれど、声なき声を拾ってくれた人のことを。
「(…やめよう)」