春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
聡美、と唇が動いた。私を守るから、と言ってくれた日の笑顔を思い出して、目の奥が熱くなる。

でも、泣くわけにはいかないのだ。

怪我をさせてしまったことはともかく、訳の分からない、身に覚えのないことを言われて泣いていたら、肯定してしまうことになる。


「古織さん。あなた、知りません、あり得ません、してませんって顔をしているけれど、ご自分が記憶喪失だということはご存知?」


「(どうしてそれを…)」


「神苑の姫が泣きながら告白したのよ?殺された人は、彼女の初恋の人なんですってよ」


紗羅さんが、泣きながら告白をした?

私がヒトゴロシ? 紗羅さんの初恋の人を、私が?


そんなことがあるわけがない、という言葉が出かかって、寸前で止まった。

唇は動くことなく開いたまま、言葉を忘れて。


「何もかもを忘れられて、のうのうと生きていくなんて…。紗羅さん、かわいそう…」


意味が、分からない。

確かに私は何かを忘れているけれど、そんなことってあるのかな。

そんな何かのドラマの出来事のようなことを、私がしたと言うの?
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