ヒロインの条件

二人並んで、夏の始まる匂いがする道路を歩き出した。というか、どうして佐伯さんは私と同じ方向に歩いているの? この人はどこへ戻るんだろ? 

一緒に歩いていると、なんかふわふわして、現実じゃないみたいだ。トーストを食べ損ねたからお腹は減ってるはずなのに、なぜかお腹一杯の気分。ちらちら横を見ると、佐伯さんも照れたようななんともいえない顔をしていて、先ほどの出来事が本当だと思わせる。佐伯さんの顔を見るたびに、どくんと身体中を痺れみたいな何かが流れた。

話せばいいのに、何をしゃべったらいいか皆目見当がつかない。二人は黙って歩いた。

同じビルのエントランスに入ったところで、私は隣を歩く佐伯さんの顔を見上げた。同じビルに勤めていたから、顔見知りってことなんだろうか……。それともまさか私をビルまで送ってくれたとか。

どこで「さよなら」と立ち止まるのかと気にしていたら、なんとそのまま一緒のエレベーターに乗り込んだ。昼休みが終わるにはまだ少し早いからか、エレベーターの中には二人だけだ。

閉ざされた空間って、それだけでなんだか緊張するな。

佐伯さんは迷わず私のフロアである「5階」のボタンを押し、それから「8階」のボタンを押す。私はそれを見て「ん?」と佐伯さんを見上げた。

「5階だろ?」
見られて佐伯さんは「あってる?」というように首をかしげた。
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