ヒロインの条件

「何?」
「西島さんが、8階にある佐伯さんの部屋に塩見さんが入るところを見たって、言ってました」
「ありゃ」

佐伯さんがおどけた調子で言った。「とうとう暴露たか?」

「私に、佐伯さんが社長かどうか聞いてって言われたんですけど、どうしたらいいですか?」
「えっとー」

佐伯さんが首をかしげる。

「シス管の仕事が割と楽しいんだよね、だからできればしらばっくれたい」
「どうします? 私、嘘つくの苦手ですけど……」

私は困って髪の先をいじる。すると佐伯さんが「ああ、ごめん」と私の頭をぽんと撫でた。ほわっと暖かい手のひらを頭の上に感じて、胸が高鳴る。

「でもまたあそこに籠るのは、つまんないんだよ。オフィスに出ると、たまに野中の姿が見えるしな」

佐伯さんの言葉にきゅんときた。私の姿を見るためにオフィスにいるだなんて、どうしようにやけちゃう。

「俺が西島さんにさりげなく話してみるよ」
「なんていうんですか?」
「社長と友達ってことにしようかな」
通路の突き当たりに来たあたりで、佐伯さんの顔にまた少年のような無邪気な笑みが浮かんだ。

すると突然「おっと、そっち行って!」と私の背中をトンと軽く押して、通路の向こう側へと行かせる。「え」と振り向くと、佐伯さんの背中と腕の隙間から、誰かの影が見えた。

「塩見さん!」
山本さんの声だ。私がびっくりして口を押さえると、佐伯さんの手が後手に「逃げて」と指示をする。私は慌てて通路の奥へと逃げこんだ。
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