ヒロインの条件
「は、はい」
私はそう答えながらも頭の中がぐるぐるしてきた。だって「8階」って、役員フロアだよ? 私は何度も佐伯さんと光る「8階」のボタンを見比べた。佐伯さんはエレベーターの壁にもたれ腕を組んで、たまにこちらをちらっと見る。それはまるで、高校生が気になる女の子と二人きりになって、いたたまれないといったようなそんな感じで、私も落ち着かずにもじもじしてしまった。
ポーンと到着の音がして5階に到着したので、私は飛び出すようにエレベーターを降りた。振り向くと佐伯さんがやっぱり照れたみたいに小さく微笑んで、「思い出せよ」とぶっきらぼうな口調で言った。
声を出そうにも喉が絡んでしまって、私はこくこくと首を縦に振る。
佐伯さんがまた笑って、それから腕を組んだまま「じゃあ」と言うと、エレベーターの扉がしまった。電光板をみあげしばらく待つと、確かに8階でエレベーターが止まっている。
「役員フロア? じゃあ社内で会ったのかな」
私は熱い両ほほを手のひらで抑えて、それからパタパタと手で仰いだ。
佐伯さんが一体だれなのかはさておいて、これまでの人生の中で最大の事件が起きた気がする。さっきからもうずっと心臓がばくばくしているし、汗をかきっぱなしだ。しばらくぼんやりと先ほどの出来事を頭で反芻していたけれど、再びエレベーターが到着する音が鳴って、はっと我に返った。
自分のデスクに座って、カバンからそっと紙ナプキンを取り出した。『佐伯日向』と書かれた文字が、先ほどの出来事が夢じゃないと物語る。
あんなにかっこいい人が、私に告白をしたんだ。ボンッと再び顔が熱くなって、私はデスクに肘をついて顔を覆う。ああどうしよう、まるで私が少女漫画のヒロインになったみたいじゃない? 私がヒロインだなんてありえないけど。