ヒロインの条件
目を開けて手元の紙ナプキンを見る。役員フロアで働いているということは、役員秘書かもしれない。
そう思いつくと俄然確認したくなってきて、私は引き出しから社員配置図なるものを引っ張り出した。これは、どの部署に誰がいるのか一目でわかる優れもので、すべての社員に配られている。もちろん社外秘だ。
私は『秘書室』の項目に目をやったが、一瞬でしょぼんと肩を落とした。『佐伯』の名前はそこにはなかったのだ。じゃあ8階にある部署っていうと『受付』『企画戦略室』……あと『監査室』……。
「いないじゃん」
思わず口に出すと隣から「どうしたの?」と声がかかった。
「あっ、すいません」
気づくと周りはお昼休みから戻ってきた同僚たちがいた。声をかけてきたのは目の前に座る鈴坂さんという先輩女子社員だ。
「何がないの?」
手に小さな化粧ポーチを持ったまま、メガネの鈴坂さんは気軽に手元を覗き込んできた。
「配置図? 誰か探してんの?」
「あ、あの、佐伯さんって人を」
そう言いながら、もしかしたら『8階』と見えて本当は『18階』だったかもしれないなどと考え始めた。うちの社員って訳じゃないかもしれないよね。
「佐伯って社長の?」
鈴坂さんが言った。
私はバッと勢い良く隣の鈴坂さんを見上げた。
「……社長って佐伯っていう苗字なんですか?!」
大変……やっと引いたと思った汗がまた大量に吹き出してきた。