ヒロインの条件
ふとその体験を思い出しそうになって、私は「うわーっ」とベッドに転がった。
どうしよう、一人でいられない。絶対いられない。私は自分の部屋を飛び出して、明かりを求めてリビングへ向かった。
リビングはカーテンが半分開きっぱなしになっていて、かろうじて外の光が入ってきている。青白い部屋はまるで海の底のようで、余裕があるときなら「きれい」だと思うだろうけど。
「今は無理」
私がリビングのソファに座って身を丸めていると、なんだか空気が重苦しい気がしてきて、一層身を縮めた。
「つかないね」
突然後ろから声が聞こえて、私は条件反射で「うきゃー」と声をあげた。バッと振り向くと、暗闇の中で佐伯さんが面食らったような顔をしている。白いTシャツが外の光に映えて、青く光っていた。
「あはは、びっくりした?」
佐伯さんが笑いながら、私の隣に座る。「相変わらずお化け体験してんの?」
「なんで知ってるんですか」
ほとんど涙目だったけれど、佐伯さんがきてくれたおかげで、心強い。
「知ってるよ、いろいろ。腕つかまれたことあるでしょ」
私はばっと耳を抑える。「思い出すから、離さないでくださいっ」
佐伯さんはくっくっと笑って「お化けは投げられないもんなあ」と言う。
「本当にそうなんです。触れないんですよ? どうしようもないじゃないですか」
そう言われると、お化けへの理不尽な怒りがこみ上げてきた。
「もし触れるんだったら、絶対に投げ飛ばしてやるんだけどっ」
「無理だって、死んでんだもん」
佐伯さんは、お化けの存在を全然信じていないのか、少しも怖がっていない。佐伯さんだって私と同じ体験をしていれば、きっと私と同じ反応のはずなのに、悔しいなあ。