ヒロインの条件
「敵に触れることを恐れてるからだよ。メンタルの問題」
煽られるようなことを言われては、黙ってはいられない。
私は紐を蹴って陣地を広げる手段に出たけれど、すぐに蹴り返される。
「ほら、こっちが手薄だよ」
佐伯さんが紐を指で押してきたので私も負けじと押し返す。指は触れそうで触れない。ピンと跳ねるみたいに紐を押しやった。
佐伯さんはぐいぐいと侵攻を強めて、私はどんどん後退している。もう次一回押されたら、私はベッドから落っこちちゃう。
頭を使うんだ。柔道のように相手の隙を伺うと、佐伯さんはこちらを押しているから、向こう側はガラ空きだ。空からいける!
私は左手をさっと佐伯さんの向こう側に伸ばして、体ごと佐伯さんを飛び越えようとしたが、瞬間左手首をを抑えられて、気づくと佐伯さんが真上から見下ろしていた。
食べるみたいに息を飲んで、口をぎゅっと閉じる。仰向けになって左手首を抑えられているだけなのに、佐伯さんをひっくり返そうと思えばできるのに、なんでだろうできない。体が固まって動けない。
ドッドッドッと、胸から音がする。
見上げる佐伯さんの顔は青白い色が反射して、まるで水族館にでもいるみたいだ。左手を抑えられたまま、右腕はマットレスに肘をついていて、体が今にも触れそうだ。気配に飲み込まれそう。
ついさっきまで競争心に燃えていたはずなのに、あっという間に佐伯さんに思考を全部持っていかれた。前髪が佐伯さんの目を半分隠していて、それが一層動揺させる。
「勘違いしてるよ、欲しいのは陣地じゃない」
口元が微笑むのが見えた。
「欲しいのは、野中」