ヒロインの条件
「負けました! ごめんなさい」
佐伯さんの腕のなかで笑いながら首を捻って、佐伯さんを見上げる。
間近で笑っている瞳と出会った。目尻に笑いジワを作って、すごく愛おしそうに私を見ている。
「あ……」
目があった瞬間、笑いが引っ込んだ。佐伯さんの瞳からもすうっと笑みが消えて、私を見つめる。
「抱きたい」
低くて甘い声が、しんと静まり帰った部屋に響いた。
私は口を開きかけたが、すぐまた閉じる。
雷が心臓を直撃したのかも。軽く震えてきた……。
すると突然、ガバッと佐伯さんが起き上がった。私は固まったまま佐伯さんを見上げる。佐伯さんは髪をかき上げて「ああもうっ」と叫ぶとごちゃごちゃに絡まった紐をまたベッドの真ん中に引き直した。
「これ以上は限界! こっち入ってくるの禁止!」
佐伯さんは再び布団をガバッとかぶると、私に背を向けてしまった。
私はそっと上半身を半分起こして、佐伯さんの後頭部を見つめた。胸のドキドキも手の震えも止まらない。佐伯さんの『抱きたい』っていう声が、何度もなんども耳の奥で繰り返される。
私は高ぶっている感情を無理やり押し込め、布団をかぶって佐伯さんに背を向けた。両手で口を押さえて、目を閉じる。
千葉と約束をしているから、佐伯さんが私に手を出してくることはない。わかってはいてもその言葉一つで、気持ちはかき乱されて、翻弄されて、でも何もなくて少し残念って思ってる自分もいて。やっぱり私、佐伯さんのこと……。