ヒロインの条件
私はいてもたってもいられず、鈴坂さんがパソコンに目を向けているのを確認してから、スマホを膝の上に取り出し、一つ上の階にいる同期の西島さんへラインを打った。西島さんはたった一人の私の同期で、ネットワーク管理部に配属している女性エンジニアだ。
『ねえ、社長の顔知ってる?』
そう打つとすぐに『突然何?』と返ってきた。
『社長っておじさんじゃなかったっけ? 最終面接はおじさんだったよね?』
『それ副社長。入社しといて知らないの?』
西島さんの返しは、ラインだとなぜかきつい。ちょっと凹んでくる。
『社長は人前に出ないで有名な、天才プログラマー。有名だよ』
佐伯さんの照れたような笑顔が目の前をちらついて、さらに一層混乱してきた。ああどうしよう、手だけじゃなくて足まで震えてくる。
ふと顔を上げると、鈴坂さんとバシンと目が合った。私は慌てて『そうなんだ、ありがとう』と打って、スマホを引き出しにガコンと放り込んだ。
『未処理』伝票が入っているボックスを引き寄せて一枚取り出し入力しようとしたが、頭が満杯で仕事ができない。
だって、あの人が社長だなんて……そりゃ私のことを知ってて当たり前、履歴書見てるだろうし、でもどうして私なんかに告白を? 会社でだって全然接点のない新入社員なのに。
あっ、もしかして私、社長に対してすっごく失礼なことしたんじゃない? だって社長に向かって『誰ですか?』って、失礼極まりないよ! やばいーっ。