ヒロインの条件
「総務に行ってきます!」
私は特に言う必要もないのにそう言って、誰とも目を合わさずに席を勢いよく立ち上がった。緊張でドキドキしながら、エレベーターで8階へ上がる。
チンと音がなって、扉が開いた。目の前の壁には『ブライトテクノロジー』のロゴが掲げられ、どの階よりもずっと豪奢な雰囲気だった。一歩踏み出すと足元が予想外にふわっとしたして、見ると薄いグレーの絨毯が敷かれている。
役員フロアはまるで異世界みたい。
「野中、こっち」
左から声がしたので振り向くと、佐伯さんが立っていた。
ドキドキと脈が早打って、自分でも顔が真っ赤になっているのがわかる。佐伯さんがスーツを着ていないのに驚いた。洗いざらしの白いシャツとデニムで、ジャケットさえ羽織っていないのだ。髪もセットされていない。
スーツじゃなくてもすごく素敵……。
佐伯さんはまじまじと姿を見ていたのに気づいて、「ああこれ」と自分のシャツを引っ張った。
「スーツは滅多に着ない、この間はまあ、かっこつけたかったからさ」
佐伯さんは頭を掻く。
私に告白するからカッコつけたと?
そんなこと言われたら、ドキドキするに決まってるのに。さらっとそんなこと言って喜ばせて、どんだけなんだ。