ヒロインの条件

「とりあえず、こっちきて」
佐伯さんは、豪華な受付とは逆方向の突き当たりにある、ごくごく普通の扉をカードキーをかざして開く。佐伯さんの後ろからついて入ると、そこは小さな応接室のような作りになっていて、壁際にホワイトボードとウォーターサーバーが置いてあった。
佐伯さんはホワイトボードの前を通り過ぎて、その隣にある扉をまたカードキーをかざして開けた。

「ここ」
佐伯さんに導かれて入ったのは、12畳ほどの窓のない部屋だった。いや、よく見ると窓に黒い覆いがかけて、日光が遮断されているだけだ。暖色の間接照明が幾つか置かれていて、ここだけまるで夜のようだ。

5人は掛けられるというような、黒い革張りのソファーが壁際に、その向かいには大型テレビ、そしてそれを眺めるような配置で大きな机とパソコンが置いてあった。会社であることを忘れてしまいそうなスペースだ。

「座って」
佐伯さんに言われて、おずおずと上等そうなソファの端っこに座った。本物の革の匂いがする。佐伯さんは私から距離を置いて座ると、手を握りあわせた。

「寝るところは?」
突然問いかけられて、私は驚きで黙りこくった。あまりにも同居フラグが立ちすぎている。

「だから、今夜……今夜だけじゃなくても、住むところある?」
何もしゃべらない私に、佐伯さんが再度尋ねた。

「えっと」
口を開きながら、王道展開を予想させる言葉に動揺する。まさか、いやまさか、だって。

「会社としてできることは見舞金ぐらいらしくて、それだけじゃやっぱり困るんじゃないかと思って……もし」
暖かい照明の色が、佐伯さんの右ほほに当たっている。すごく考えながら喋っているようだ。「もし」の次がなかなかでてこない。

どうしよう、まさか一緒に住もうって……言われたら。
< 24 / 197 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop