ヒロインの条件
意を決したように佐伯さんが「俺のマンション、部屋余ってんだ」と口を開いた。
「俺は赤の他人だし、男だしで、こんな申し出は非常識だと思われるだろうけど」
「もし嫌じゃなければ、部屋を使えば?」
佐伯さんが言った。
同居……きた。
王道展開すぎて、驚きのあまりなんと返事をしたらいいかわからない。
「どう? 嫌なら言って」
「さ、佐伯さん」
そう言ってからはっと口に手を当てる。「すみません、社長」と頭を下げた。
「いいよ佐伯で。社長とか呼ばれんの、気持ち悪い」
気持ち悪いって……この人、ちょっと変わってる。
「でも、お邪魔じゃないですか?」
そう言うと佐伯さんは首をすくめる。「俺マンション帰らない、ここで寝るし」
「ここで? それはダメです」
私は慌ててそう言った。「体が休まりません」
「平気。マンションにはシャワー浴びにだけ帰らせてもらえれば」
「ダメですって。私のせいで帰らないなんて」
「俺がいると嫌だろ」
「嫌じゃないです」
そう答えて、私ははっとして口をつぐんだ。佐伯さんも黙る。
あれ、なんか私、すごく恥ずかしいこと言っちゃった気がするけど……。
「じゃ、じゃあ私がここで寝ます!」
私は勢い良く声をあげた。
面食らったような顔をしてから、佐伯さんが「ぷっ」と吹き出した。
「ここで寝んの?」
佐伯さんが膝に肘をついて笑っている。癖なのかな、頬杖をついた人差し指で、自分の耳たぶを触っていた。白いシャツにオレンジが染まって、なんだか幻想的な光景に見える。
「わかった、俺もマンションで寝る。それならいい?」
私は小さく二回頷いた。
「今日仕事終わったらマンション連れて行くから、エントランスで待ってて」
そう佐伯さんは言った。