ヒロインの条件
それからの終業までの3時間ほど、まったく仕事に身が入らなくて困った。今日は多めに見ようという周りの優しい心遣いがなければ、きっと残業確定だった。
あまりの王道展開に、夢を見てるんじゃないかという気がしてくる。このヒロイン状態を楽しもうと意気込んだ昨夜とは打って変わって、またむくむくと「これは何かの間違い」という気持ちがこみ上げてきた。気持ちが上がって、下がって、上がって、下がって、この二日間めまぐるしい。はっと気づいたら自分のベッドの中だったってことにはならないだろうか。
午後六時、私は再び大きな紙袋を引きずって、ビルのエントランスに歩いてきた。考えてみたら、自分のあまりにもヨレヨレの格好が恥ずかしい。漫画の同居シチュエーションだとドキドキがたくさんあるけれど、冷静になってみると結構まずいんじゃなかいだろうか。
だって下着のお洗濯とかどうするの?……佐伯さんが使った後のバスルームとか、恥ずかしくて使えないよね。いや、私が使ったあとのバスルームに佐伯さんが入るっていうのも。
「堪え難い」
「何が?」
後ろから突然声が聞こえて「ひゃっ」と飛び上がった。振り向くと佐伯さんがすぐ側に立っている。
「なんでもない、です」
私はブンブンと首を激しく振った。
佐伯さんは「そう?」と言うと、さっと手を出して紙袋を私の手から一つ取った。