ヒロインの条件
ポンと音がして、エレベーターが開いた。タワーマンションは真ん中がエレベーターで、その周りに住居があるようだ。廊下も室内で、まるでどこかのホテルのみたい。
ホテルと思い浮かべて、突然心臓が動き出した。そうだ、男性と部屋に二人きりだなんて、そんなことこれまで一度だってないのに、これから一緒にこのイケメンと暮らすなんて。
エレベーターを降りて右に回ってすぐの部屋だった。おそらくとても贅沢な作りになっている。タワマンの四方は一辺に一部屋ずつかもしれない。他にドアが見当たらないのだ。
カードキーをかざして暗証番号を押すと、カチャッと音がして扉が開いた。まっくらな玄関に自動的に明かりが付いて、新築の匂いがする。
「はい、暗証番号は◯◯◯◯」
佐伯さんが玄関でカードキーを手渡し、ナイキのスニーカーを脱いで部屋へ入る。安いフローリング材なんかじゃない、ちゃんとした木の床だ。
緊張で胸がキューっとなる。
どうしよう、突然佐伯さんが狼みたくなったら。
「野中?」
呼ばれて「はいっ」と背筋を伸ばし、慌てて靴を脱いだ。佐伯さんのスニーカーと並ぶと、自分のスニーカーはあまりにもくたびれている。
玄関脇の鏡をふと見ると、一つに束ねた髪はほつれ、昨日からの疲労でげっそりとしていた。
「取り越し苦労じゃん」
自分のそんな姿を目にして、ははと軽く笑う。
これは襲われるわけがない。っていうか、襲われても、撃退できるし。