ヒロインの条件
そう言われて、私の胸がばくんとなる。ドキドキドキドキ。こんなに胸がドキドキしたのは、生まれて初めてだ。
「あのぉ、やっぱり何かの間違いじゃないかなあって。だって私、ただの新入社員ですよ」
私は頭を人差し指でぽりぽりかく。
「……このあいだの話聞いてた? 俺、前に会ってるんだって」
「どこで?」
とっさにそうたずねると、佐伯さんは憮然とした顔をする。
「だから思い出せよ」
「だって!」
まあったく思い出せない。佐伯さんの思い込みとかじゃないだろうか。
「大会の観覧席の一人とかだったら、ごめんなさい、覚えらんないです」
私がいうと、佐伯さんはあからさまに「はあああ」と大きなため息をついた。
「自己紹介したけどなあ。まったく俺を見てないんだもん。とりあえず思い出して、何事もそこから」
「じゃあ、せめてヒントをお願いします」
私は頭を下げた。
「ヒント……」
佐伯さんはそう呟くと、ニヤっ笑う。「じゃあこれから小出しにしてくから、当てて」
「えーっ、すぐに教えてくれてもいいのに!」
「それじゃつまんない」
佐伯さんはそう言うと「飯食おっか」と話題をそらした。「腹へったろ」
「お腹……」
そう言われると、突然お腹がぐうと鳴った。バッと両手でお腹を抱えたが、あとの祭りで、ばっちり音を聞かれてしまった。
「減ったって体がいってる」
クスクス佐伯さんが笑ってる。
「ピザのデリバリーとかでいい? 俺、料理全然できないんだ」
「あ、じゃあ私がつくりま……」
そう言いかけて口をつぐんだ。そうだ、私も料理できない人だった。ここで大抵のヒロインは美味しいご飯を作ったりするもんだけど、残念、できない。
「デリバリーでお願いします」
「了解」
そう言うと、佐伯さんは扉を閉めた。