ヒロインの条件
「ベランダで食べよ、気持ちがいい」
そう言ってベランダに続くガラスの引き戸を開けた。ブワッと涼しい風が入ってきて、佐伯さんの白いシャツが広がった。整髪料も何もついていないサラサラの黒髪がなびいている様子を見て、改めて本当にかっこいい人だなあと思った。
ベランダというよりもテラスのような広い場所に、佐伯さんはふかふかのラグを敷く。3階という低層なので、柵はコンクリートではなくステンレス製で隙間がある。ラグの上に座ると、佐伯さんがポンと小さなクッションを投げてよこした。
緩やかな風が流れて、あかりのつき始めた品川のビル群を眺めながら、とてもゆったりとした気持ちになる。
私は気持ちが上がってきて、プシュッと缶ビールをあけて機嫌よく「かんぱ〜い」と声を上げた。
「乾杯」
笑いながら佐伯さんも缶ビールを軽く掲げる。
「家にあるものは自由に使って。荷物が紙袋二つ分しかないけど、足りないもんあるんじゃないの?」
ビールを飲みながら佐伯さんが言う。
「ちょこちょこ買い揃えていくんで、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「歯ブラシ、買い置きしてあるよ、多分。パジャマも俺のでよければ貸すけど」
そう言ってから、「俺のじゃでかいか」と言った。
パジャマを借りるって、これもまたなんかヒロインっぽくて、いい響きだなあ。ぶかぶかの男性もののパジャマ、一度着てみたい。
疲労も手伝って、早くも軽く酔いが回ったからか、そんなことを考えちゃう。