ヒロインの条件

(2)


翌日、私が出社する時間にも、佐伯さんは起きてこなかった。昨夜ベッドの中からでも、リビングや隣の佐伯さんの部屋から物音がするのが聞こえたので、すごく深夜まで起きていたらしい。

なかなか開かない佐伯さんの部屋のドアを見ながら、遅刻するんじゃないかと心配になったけれど、そもそも社長なんだから遅刻とか関係ないのかな、と起こさないことにした。

かく言う私も、全然眠れなかったんだけど。だって! 佐伯さんがあんなこと言うんだもん。鍵をしめたり、開けたりを無駄に繰り返しちゃった。物音がするたびに、なんだかそわそわして。

部屋に入ってくるなんて、そんなことあるわけないけど! あるわけないけど、気にしちゃった。

徒歩5分の距離に会社があると、とても楽チンだ。一番乗りで会社について、ゆっくりコーヒーを飲む時間もあるので、真面目に真剣に、佐伯さんとどこで会ったのかを思い出してみることにした。

大学に接点はまったくないとすると、じゃあ高校時代かなと記憶をたどり出した。高校時代の私は、柔道に明け暮れていて、恋愛する暇などなかった。そういうトキメキはもっぱら漫画で補充してた気がする。

柔道の先輩に一人素敵な人がいて、疑似恋愛じゃないけれど眺めるだけで楽しかった記憶があるなあ。いや、そもそも私よりも三つ年上ってことは、同じ高校にいるわけないよね。

「マサチューセッツ工科に進学できるほど、頭のいい高校でもないし」
そう独り言を言ったら「マサチューセッツ?」と鈴坂さんの声がした。
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