ヒロインの条件

佐伯さんは真面目な顔になると、パソコンを開けて猛烈なスピードで打ち始めた。ちらっと画面が見えたが、黒い画面にすごい勢いでアルファベットが並んでいく。さっぱりわけがわからない。

ふと気配を感じて顔を上げると、経理部のシマの4人全員が、佐伯さんの手元を……違う! 顔を覗き込もうとしてる。

「はい、おしまいです」
パタンとパソコンを閉じて、ケーブルを引き抜くと立ち上がった。

「ありがとうございます」
華やいだ声の鈴坂さんが言った。「あの、お目にかかったことないですよね」

「ああ、ごめんなさい」
佐伯さんは微笑で、社員証を掲げてみせる。

「本日付で入社した塩見と申します。宜しくお願いいたします」

経理部にいる女性陣が、わらわらと集まってきた。みんな一様に目を輝かせている。私はその様子を唖然ととして眺める。

佐伯さんのワイシャツ姿は、本当にかっこよかった。袖をちょっとまくっているところもいいし、いつもと違って耳に髪をかけているのも、信じられないくらいに素敵だ。

「今度、歓迎会しましょうよ」
経理部の誰かが言ったので、佐伯さんは「ありがとうございます」と言って頭をさげる。
「次がありますので、失礼しますね。トラブルがあったらシス管に内線ください」

「はーい」
女性陣が揃って声をあげると、佐伯さんはニコッと笑って営業部へと歩いていく。その背中を見送りながら、経理部の全員が感嘆のため息をついた。

「王子様、きた」
隣に座っている同僚がうっとりした声で言う。

「システム管理部に異動したい」
「彼女いるのかなあ、いやそもそも独身? 指輪チェック忘れちゃった」
「でもとりあえず、結婚しててもアリなダントツ一番の男子じゃない?」

経理部がざわめくと、経理部部長のおじさんが「コホン」とわざとらしく咳払いをして、みんなは浮足立ちながらも自分の席へと戻っていった。
< 43 / 197 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop