ヒロインの条件
そこにガチャガチャっと玄関の音がして、佐伯さんが帰ってきた。
全然できてないっ、どうしよう。
「ただいま」
スーツ姿の佐伯さんがリビングに入って、私と目があうと驚いたような顔をする。
「まっ、まっ、待ってください! 今作りますんで」
私は包丁を片手に、言い切った。始めたからには最後までやり遂げたい。料理が得意ではないことはばれてしまったが、ここで投げ出すのは気持ち悪い。
「何作ってる?」
ネクタイを緩めながら、佐伯さんが近づいてきた。
ネクタイの結び目に人差し指を入れているだけなのに、なんでこんなかっこいいんだろう。料理という難関に立ち向かっているせいもあるかと思うけれど、心拍が早くなってしまう。
「餃子です! 初心者なんで時間かかっちゃって。でもちゃんと作りますから大丈夫です」
私は努めて明るくいうと、佐伯さんが「おもしろそ」とつぶやいた。
「ちょっと待ってて」
佐伯さんは自分の部屋に入ったかと思うと、部屋着のスウェットに着替えて出てきた。それから「俺もやってみたい」と私の隣に立った。
「料理、得意ですか?」
「ぜんぜん」
佐伯さんは楽しそうに首を振る。