ヒロインの条件
「勘違いかもしれないけど、でもあの佐伯って人、やたら俺を見てた気がして……向こうも俺のこと知ってんのかと思ったけど、そんな素振りもないし」
「思い出してよー」
私はぐいぐいと千葉のシャツを引っ張る。
「考えとくけど」
そこで千葉が「今度一緒に道場行ってみる?」と提案してきた。「なんか思い出すかもしれない」
「そう!? 行く!」
私はその考えに飛びついた。もしかしたら私だって記憶の断片が思い出せるかもしれない。
「じゃあ、連絡すっから」
「オッケー」
私は指でマルを作り、それから千葉に手を振ってテントへ戻ってきた。
すでに城島さんと森山さんが野菜を洗い終わってテントに帰ってきている。佐伯さんは火を起こそうとライターを手にBBQセットの横に立っていた。
西島さんがすすすっと脇に寄ってきてこっそり「城島さんと森山さんは、おそらくカップルだよ」と言ってきた。
「そうなの?」
「うん、だって距離近すぎるもん」
見ると、確かに並んで作業する二人は、腕が触りそうなくらい近い。
同期でカップルか。いいなあ、社内恋愛、憧れる。
「加えて、山本さんは塩見さんをロックオンだよ」
そう言われても、よくわからない。だって別にベタベタしてるわけじゃないし。
「ただの親切っぽくも見えるけど」
そう言うと「馬鹿ね」と鈴坂さんと似たような口調で言ってきた。
「カップル1組と、私たち下っ端でモブ役の2人を引っ張ってきて、残ってるのはもう塩見さんと山本さんの2人しかいないじゃない。自然とそう組み合わさるように、メンバー選んでんの」
「へえー、考えられてるね。すごい」
私は素直に感嘆の声を上げた。そうやって恋愛モードに持っていくにはどうしたらいいんだろう。
そう言うと西島さんがニコッと笑う。
「私、野中さんの鈍感だけど純粋なところ、好きだよ」
「へへ」
私は照れくさくて、ぽりぽりと頭をかいた。