ヒロインの条件
「でも社長って、どうして人に顔を見せないんでしょう」
西島さんが挑むように言った。「入社式にもいませんでした」
そう言うと山本さんが「そうねー」と肘をつく。「私も一度も見たことない。どんな人なんだろ」
「若いんでしょ?」
「極度の恥ずかしがり屋なんじゃない?」
「Wikiに出てくるくらい有名人なのに、写真が一枚もないって、徹底してるよね」
みんながワイワイ社長の話をしているので、私はハラハラして居ても立っても居られない。すくっと立ち上がってトングをもってくるくるとお肉をひっくり返すのに専念することにした。しばらく無心になろうとした瞬間。
「野中さんは見たことあるんだよね!」
と西島さんが声をかけてきた。
「えっと」
私はトングを片手に振り返る。佐伯さんとばちんと目があって、さあっと血の気が失せる気がした。
「もしかしたら、です」
私は弱弱しく答える。
「どこで見たの?」
森山さんが興味津々という感じで尋ねてきた。
「エレベーターです」
「なんで社長だってわかったの?」
「8階で降りたから、そうかなって」
そう言うと「役員かもしれないよね」と山本さんが言う。
みんな「そうだなー」と腕を組む。よかった、追及が止まった!!